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東京地方裁判所 昭和43年(ヨ)2365号 決定

債権者 東京交通労働組合三の輪支部 外一名

債務者 東京都

主文

債権者らの申請はいずれもこれを却下する。

理由

第一申請の趣旨

「債務者は、債権者らと債権者各支部の組合員のための別紙要求事項につき、誠実に団体交渉をせよ」との裁判を求める。

第二当裁判所の判断

一、債権者ら代表者の資格の有無について

(一)  疎明および審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1 申請外東京交通労働組合(以下「東交」という。)は主として債務者東京都の交通局所属従業員をもつて組織される労働組合であるところ、債権者東京交通労働組合三の輪支部(以下「三の輪支部」という。)および債権者東京交通労働組合電車部新宿、大久保支部(以下「大久保支部」という。)は主として交通局三の輪電車営業所または大久保電車営業所所属従業員をもつて組織された東交の支部であるが、独自の規約(以下「支部規約」という。)をもち、主として支部組合員の納入する支部組合費をもつてその財政を賄い、固有の議決機関および執行機関によつて支部の組合運営を行なう東交とは別個の労働組合でもある。

2 支部規約では、両支部とも組合員の選挙により選出された支部長をもつて代表者とする旨定めてあり、表記債権者三の輪支部代表者伊井誠および債権者大久保支部代表者西村紀海男は、いずれも右規約に基づき選出された支部長であつたが、東交は昭和四三年八月一七日開催の第三一回臨時大会(以下「本件大会」という。)において伊井、西村両支部長を除名した。

(二)1  三の輪、大久保の各支部規約では、支部長は組合員であることをその資格要件としているから、前記除名処分が無効でない限り、伊井、西村はこれにより組合員の地位を失うとともに各債権者を代表する権限もなくなつたというべきである。

2  そこで、右無効事由の有無について検討する。

(1) 疎明によれば、東交の組合規約(以下「本部規約」という。)第五三条には統制処分該当者には「大会又は中央委員会の議決を経て制裁が加えられる。但し該当者に対しては弁明の機会を与えなければならない。、、、、」と規定されていることが認められるが、そのように労働組合の統制処分に関し、組合規約で処分該当者に弁明権を保障している場合、同規定は統制処分が組合員の権利ないし地位そのものに直接かかわるものであるため、処分該当者に充分な弁明の機会を与え、もつてその正当な利益を擁護するとともに、処分の公正を確保するためのものであるから、これに違反してなされた統制処分は無効というべきである。

(2) ところで、右弁明は統制処分決定機関に対し直接なされることが、最も右規定の趣旨に合致するものであることはいうまでもなく、右規定はそのように解されるが、右処分決定機関に対し直接なされたと実質上同一視しうる程度に弁明者の意が伝達されて処分決定機関においてそれを充分斟酌して正当な判断をなしうる場合にまで、右規定どおりに弁明の機会が付与されなかつたことの故に統制処分決定を無効とするにはあたらない。

(3) 疎明によれば、前記除名処分は、本件大会において決定された三の輪、大久保両支部の役員全員(三の輪支部副支部長を除く)を含む組合員合計一九六名に対する統制処分(ただし、本部規約に定める制裁でない「注意喚起」も含む。以下「本件統制処分」という。)の一部であり、右統制処分を決定するに当つては、本部規約に基づき調査機関である統制委員会が設置され、同委員会により伊井、西村を含む大多数の右統制処分該当者から事情および弁明の聴取が行なわれ、その内容は本件大会に報告されたが、本件大会においては弁明の機会が付与されなかつたことが認められる。

(4) しかして、右のような調査機関による弁明の聴取が、処分決定機関による直接の弁明聴取と同一視しうるためには、調査機関による弁明聴取が最終的で処分決定機関によるものはないことおよび統制処分該当事由が事前に処分該当者に通知され、弁明内容が相当程度詳細かつ正確に処分決定機関に提示されることが必要であるというべきである。

(5) しかし、疎明によれば、前記委員会による事情等聴取に当つて、右通知がなされず、また本件大会に報告された前記弁明の内容は全く要点のみで、その趣旨を斟酌する資料としては充分でなく、そもそも弁明は処分理由とされる具体的事実につきその機会を付与されなければならないにも拘らず、伊井、西村の処分理由とされている各九項目の事由中、具体的に弁明等を聴取されているのは伊井について二項目、西村について三項目に過ぎないことが認められるのであつて、前記弁明聴取は到底本件大会におけるそれと同一視できるものではない。

(6) したがつて、前記除名処分は、他に無効事由があるか否かをせんさくするまでもなく、無効というべきである。

(三)  以上により、伊井、西村を支部長としてなされた本件仮処分申請はいずれも代表者の資格について欠けるところがない。

二、団体交渉請求権の有無について

(一)  三の輪、大久保各支部は、従来、各支部固有の事項について、それぞれ交通局三の輪電車営業所または大久保電車営業所長を債務者の交渉担当者として団体交渉を行つてきたところ、債務者が本件統制処分により伊井、西村両支部長が除名されたことを理由に、その後は各支部の別紙要求事項について両名を交渉代表者とする債権者らとの団体交渉を拒否してきたことは当事者間に争いがなく、疎明によると、東交本部は昭和四三年八月一九日債務者に対し、債務者が本件統制処分によつて除名または権利停止となつた両支部役員と団体交渉することは一切認めない旨を申し入れたことが認められる。そして、右要求事項が両支部の固有の問題であることは、その内容自体から明らかである。

(二)  およそ、使用者において交渉すべき相手方が労働者を代表する権限がないことを理由として団体交渉を拒否することに正当理由があることはいうまでもないところ、本件の場合のように、相手方たる労働組合の交渉担当者が統制処分により無権限となつた旨上部機関から通告があつた場合、右処分が公権的に無効と判断される等の事態が生じない以上、使用者において団体交渉を拒否できる正当理由があるというべきである。けだし、かような場合、統制処分の効力について組合と被処分者との間に争いがあるが、これは使用者の関知しない組合内部の問題である以上、使用者としては組合の上部機関の通告をその内容どおり一応尊重せざるをえない立場におかれており、また、使用者に統制処分につき調査の上その効力を判断するよう求めることは、いたずらに難きを強いて労使間の公平を欠くばかりでなく、右調査をすること自体すでに使用者が組合内部の紛争に介入することとなるおそれがあるからである。

(三)  ところで、三の輪、大久保両支部役員に対する本件統制処分について、それらの者から東交を相手方としてその効力停止の仮処分申請が当裁判所に出され、統制処分効力停止仮処分事件(昭和四三年(ヨ)第二、三六六号)として審理の結果、同申請を容れた仮処分決定が発せられることは当裁判所に顕著なところであるから、債務者が前記債権者らの団体交渉の申入れを拒否する正当な理由はこれにより一応失なわれたといわなければならない。しかし、債務者が右仮処分決定発付後もなお団体交渉を拒否し続けることを疎明する資料はない。

三、結語

以上からすると、いわゆる具体的団体交渉請求権を肯定するとしても、これが発生の根拠となるべき違法な団体交渉拒否の事実が認められない以上、右請求権が発生する余地はないから、本件仮処分申請はすでにこの点においていずれも理由がないといわなければならないので、却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 浅賀栄 宮崎啓一 豊島利夫)

(別紙)

要求事項

一、従来の慣行どおり支部長および副支部長を厚生員に任命せよ。

二、従来の慣行どおり支部会計を雑勤務扱いせよ。

三、従来の慣行どおり支部執行委員の特勤を認めよ。

四、その他右に関連する事項

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